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漢字の起原(エクスプローラ探検家)
何気なく使っている漢字ですが、その生い立ちをたどると思いがけない発見があります

   
口と音を表し同時に並べる意(陳チン)の矢(シ,チは変わった音)とからなる。べらべらしゃべる。知るの意に使うのは識(シ)の借用
言葉を次々述べる意(知)にさらに言うの意の曰(エツ)(日ニチではない)を加えた。言葉を並べることから知識となった。 知恵というのは連想の豊かさといえるかもしれない。常識の固定観念にとらわれると連想の働きが鈍る。結果頭も鈍ってくる。
病だれと知能が滞って発達しない意の稚(チ)からなる。 連想のとっぴも常軌を逸するといけません。精神分裂症も異次元からのメッセージの代弁だとして注意深く観察する人もいます。刃物をもって追っかけて来ないのなら、結構刺激的な友となるでしょう。
口と十から、十人の意見をひとつに合わせる。
口と十から、十代もうけつぎ、
伝えられた昔。
叶と古は同じ口と十からなり、別の文字に成っているのは、珍しい例です。文字は部品を組み合わせて創られているもので、上に置いても横に置いても、下に置いても同じ起源の文字になるのが多いです。島、嶋、嶌とか、、
士と口からなる。武士の言葉はりっぱであるから、よいとなった。 下の横棒が長い(土)に口の吉は俗字だそうです。
口とすべての意の凡からなる。すべての口をあわせる、ひいて同じ。
夕方は暗くて、自分の名前をいわなくてはならないので、夕と口で名前となった。
数を数える棒(中・籌)と手からなり、天体の運行を計算して暦を作る。転じて記録をつかさどる人、書いたもの。
夕の字をふたつ重ねて、日数の重なる意、ひいて多いとなった。
人が大きな口をあけてあくびをしているかたち。缺ケツは缶カメと夬ケツの音(われる意)からかめがかける意。音が近いため欠を缺の略字として誤用し、教育漢字もそれによった。 欠は漢字の部首になると、その字が口を開ける動作を意味します。
あくびの意欠と音を表し同時に止(シ)まるの意を示すの二からなり、とまって休む。道中次々休む意から次第、順序を意味するようになった。
口を開いた形(変形)と穀物を意味する音谷(コク)からなる。食欲の意。のち欲望を意となった。
歓歡 口を開いたかたちと、飲食を表すカン(左の部分)からなる。飲食物にむかって口を大きく開けている意、ひいて喜ぶとなった。 ここではよろこびはごちそうが定番ですね。今日のグルメの氾濫も頷けます。抽象的な快楽・歓楽・道楽などという概念はずっとあとの文化的な流儀でしょうか?
老いかんむりは、髪の毛の長い、腰の曲がった人。
老の字は老冠と杖(卜)からなる。
文字が出てきた当時は当然テレビも本もありません。情報は老人の口からもたらされたことでしょう。現在は老人は厄介者ですが、当時は情報の元、歴史の生き証人、語り部として、老人は尊敬されておりました。情報こそが人間の行動の原動力(動機)でありましょう。今ではテレビのおどけ者が政治を仕切ろうというものですから。
老人と子供からなり、子が老人を養い仕える。
年寄りの意の老冠と音を表し同時に曲がる意のコウからなり、腰の曲がった老人の意。のち音(コウ)を借りて考えるとなる。
寿壽 老冠と音を表し同時に長い意味の脩(シュウ)を示す(チュウ)からなり、老いるまでの長い年月。 この文字は寿百字とかで、百様のデザインがあります。
子供が乳房から乳を吸っているかたち。乳の出る穴をいう。 そうでしたか?記憶にありません。
學学 旧字の學は子と両側のヨは両手を表し、手振り身振りを意味し、音を表し同時に習う意(効)を示すとからなる。子供が礼儀作法まねる。ひいて学ぶとなった。 よく言われることですが、昨今の子供の素行の悪さを嘆く前に、指導的立場の者の素行を糾せと、、何にでもお手本はあるものですね。困ったことに良いお手本は人目を憚るようですよ。まったく人生の綾は一筋縄でないですネ。
家を意味するウかんむりと、音を表す子(シ)からなり、家で子を生み育てる意。子が生まれるように、文字が次々と作られて増えるので文字の意とった。
岩石の間から水がしたたり落ちているかたち。
雁垂れは崖っぷちの図。崖っぷちから泉が湧き出るさま。源の原字。音を借りて原の意につかう。
人が香iがけ)の上にいる。下は人がひざまずいたかたち。がけの上で恐怖のためひざまずいている。
木が囗(カコイ)で囲まれて伸びられないから、転じてくるしむ、こまるとなる。
人が囲みの中に捕らわれている。
行にんへんは道、貝は貨幣、と手からなる。道で貝を拾う意。ひいて手に入れる、利益となった。
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